戦前ベストセラー読書会

主に昭和初期のベストセラーを課題図書として読書会を開催し、活動報告をします。

《第1回読書会報告》鶴見祐輔『母』大日本雄弁講談社 昭和4年

過日、8月22日に第一回読書会を開催しました。

課題図書:鶴見祐輔『母』大日本雄弁講談社(昭和4年のベストセラー)

 

課題書の『母』は、社会学者の鶴見和子、思想家の鶴見俊輔の父で官僚・政治家として知られる鶴見祐輔が最初に出版した小説です。

 

あらすじ

主人公の朝子は熱海の貧しい家に生まれましたが、青年銀行家の澄男と出会い、恋愛の末結婚します。玉の輿に乗った朝子でしたが、澄男の銀行の破産と澄男の死に直面し、職業に就いて、三人の子どもを女手一つで懸命に育てていきます。

朝子は寮母や薬屋を経て、一時や山路という澄男と同級だった銀行家から条件の悪い借金をして危機に陥りますが、最終的に株式投資で成功をおさめます。息子の進を政治家にするために、立派な教育をうけさせることが、朝子の心の支えとなっていたのでした。

話題となったポイント

読書会では以下のレジュメをもとに、参加者が意見を交換しました。

鶴見祐輔『母』読書会レジュメ.pdf - Google ドライブ

 

今回は、私かん(Twitter:KAN @kan_ysd)がレジュメを作成しました。

レジュメでは、主に朝子の運命が、経済的なものだけでなく情緒的な浮沈も含めて戦争に象徴される国家の運命と重ねて描かれていることを指摘しましたが、議論はその他の点にも広がりました。

 

もっとも注目されたのは、朝子の女性としての在り方です。

一番興味を惹かれるのは、一般的にタイピストやバスガールなどが連想される「職業婦人」とはちがい、大戦景気の株成金となるという朝子の人物像は、当時どれだけリアリティがあったのかという点です。この点は、検証に使える手軽な資料がなかったために、疑問のままです。

華々しい成功譚である一方、朝子の基本的な人格は「母」であることに縛られていました。女性運動家である長谷川治子という登場人物もいるため、女性問題を意識しながら書かれつつも、良妻賢母規範を強く打ち出しているのがこの作品の最も大きな特徴でしょう。

 

他には、山路と澄男のキャラクター像の違いに注目し、学校を真面目に卒業した山路が卑屈な人物になっていることで、真面目に勉強することが軽視されているのではないかという意見もありました。この点は、教養主義や立身出世主義との関係からさらに考察していくこともできそうで、面白い論点でした。

同時代のベストセラーにはプロレタリア文学も多くあることから、女手一つで子育てをする朝子の苦労の一方で、周囲は資産家ばかりという設定に、プロレタリア文学との落差も議論されました。

 

以上、箇条書き的に議論されたポイントをあげました。

 

レジュメにも記載しましたが、今回は論文講読をきっかけに『母』を読むことになりました。『母』は現在の小説とは少し趣は異なるものの、参加者全員が各々面白く読んで読書会に参加できました。

そこで、この『母』読書会を第一回として「戦前ベストセラー読書会」という形で継続してこの時代の本を読んでいく予定です。

今後ともよろしくお願いいたします。 

 

参加者からのコメント

 

 最後に、参加してくださったKamikawaさんと本ノ猪さんからの感想を紹介します。

 

・Kamikawaさん(Twitter@Theopotamos

 1920年代はプロレタリア文学全盛の印象があったが、現在の認識と当時の認識に大きな違いがあることが勉強になった。大正時代は比較的に現在と時期的には近いが、見方が異なるという点を再認識。

 

・本ノ猪さん(Twitter@honnoinosisi555

 今回、戦前期のベストセラー鶴見祐輔『母』を読む機会を得られて、大変有意義でした。 『母』は、何度か戦後にも文庫化されているものの、残念ながら絶版になっており、中古市場にしかありません。参加者のほとんどは、かつて出版された単行本版(大日本雄弁会版)ーー丁寧に扱わないとバラバラになってしまいそうなーーを入手して、読書会にのぞんでいました。 鶴見祐輔『母』は、刊行された当時の世相を知ることができる史料として活用できるのはもちろんのこと、純粋に読み物として面白い作品でした。一人の女性の恋愛・結婚・出産・子育ての人生を、読者を飽きさせることなく描ききる鶴見祐輔の筆力には驚かされます。一方、一見すると自由闊達な女性像を描いたようにみせながら、結局は「母」というゴールが当然のように設定されているのには、時代的な限界も感じます。その点は、読書会主催者のかんさんに、どんどん指摘していってもらえれば嬉しいです。 戦前のベストセラーを読書会で読むという取り組みが、鶴見祐輔『母』の一冊だけで終わってしまうのは勿体ないーーそう考えていたので、かんさんがブログを開設したこと&今後も読書会を開催することが決まって、大変嬉しく思っています。ぜひ今後も参加させてください。

 

Kamikawaさん、本ノ猪さん、ありがとうございました。

 

以上、第一回読書会の報告とさせていただきます。

今後ともよろしくお願いいたします。