戦前ベストセラー読書会

主に昭和初期のベストセラーを課題図書として読書会を開催し、活動報告をします。

《第3回読書会報告》奥野他見男『学士様なら娘をやろか』大正6年

概要

2021年1月17日、第3回読書会を開催しました。

課題図書:奥野他見男『学士様なら娘をやろか』東文堂 大正6年

テキストは国立国会図書館デジタルコレクションにてインターネット公開されているものを使用しました。

学士様なら娘をやろか - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

奥野他見男は大正から昭和初期にかけて人気を博したユーモア作家でした。大正4年に『大学出の兵隊さん』(東文堂)出版によって本格的に作家デビューを果たし、爆発的な人気を獲得しています。

『学士様なら娘をやろか』は大正6年のベストセラーです。ユーモア短編集で、日常を題材とした11作品がおさめられています。現在はほとんど読まれることのない作家ですが、今も気軽に楽しく読むことができる作品ばかりです。

 

当日の議論

当日は、担当者の簡単なコメントを出発点に、それぞれこの本を読んだ感想をもとに印象的なシーンやポイントについて議論しました。

戦前ベストセラー読書会第3回レジュメ.pdf - Google ドライブ

 

まず、奥野の文体の軽妙さが一番の特徴として、参加者のなかで話題となりました。

講談調で、声に出す快感のある文体であるという指摘もされました。

 

参加者のなかで一番人気があった作品は、冒頭の「花婿驚愕記」でした。

「花婿驚愕記」は、本の掴みとしての完成度が高く感じられる作品であると同時に、お見合いによる結婚ならではのハプニングで、参加者のなかには柳田国男の婚姻研究と照らし合わせて、結婚のシステムの変遷の観点からこういった齟齬が生まれやすい事情を読み取る方もいらっしゃいました。

 

「金時計祭り」も、話題になりました。当時は「金時計」を持つことがステータスであったらしく、金時計を手に入れた人が喜んで身に付け、通りすがりの人びとにチラつかせて見せびらかす様子が微笑ましい形で描かれています。

現代はブランドを持つことがステータスになり得ますが、しかし万人に共通する、一目瞭然の価値観というのはあまりないのではないか、などと議論を交わしました。

 

この他にも、「日本一の美人訪問記」に大正三美人の林きむ子が登場しており、当時の「美人」について、容貌がメディアでどのように扱われていたのかなど、議論を交わしました。

 

『学士様なら娘をやろか』は時代の風俗が巧みに盛り込まれ、ユーモアのなかに生き生きとした人間描写を読み取ることができる作品でした。

 

参加者からの感想

〇さえきかずひこさん(Twitter@UtuboKazu

奥野他見男『学士様なら娘をやろか』(東文堂、1917年)を読んだのですが、通俗的な読みものだからか文体のリズムがとても快活で庶民的な話芸の影響があり、その点がつよく印象に残りました。黙読しているとぼくの場合、すこしくどさを感じるというか、読み疲れる感じがありましたが、音読して家族など親しい相手に(部分的に)読み聞かせたりするだんらんの場が、大正期の読書にはあったのかもしれない、と想像が膨らみました。1917年はロシア革命が起きた年で、ぼくの祖母が生まれた年でもあり、その時代について書かれた書物を通じて割と親しみがありますが、そんな年に広く読まれた書物に触れることができるのも、かんさん主宰の戦前ベストセラー読書会ならではだと思います。興味を持たれた方はぜひお気軽にご参加ください。みなでお待ちしております♪

 

〇本ノ猪さん(Twitter@honnoinosisi555

今回の読書会も、大変実りのある会になりました。参加してよかったなと改めて思います。

課題図書『学士様なら娘をやろか』の作者・奥野他見男は、かつてベストセラー作家として活躍していた時期はあったものの、今では忘れられた存在になっている人物。以前読書会で取り上げた作家二人と比べても、現代での知名度はきわめて低い。『母』の著者・鶴見祐輔の場合は、後藤新平鶴見俊輔との関係性から、今でも言及されることは少なくない。佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』については、いまでも新刊書店で手に入れることができる。それにひきかえ、奥野他見男の場合は、著名な人物との繋がりで言及されることもなければ、新刊書店で著作を手に入れることもできない。なんとも悲しい状況である。

私は今回、『学士様なら娘をやろか』を読んで、上記のような状況にあるのは非常に勿体ないなと感じた。本文の所々に時事的なワードが散見されるにしても、それによって作品が時代錯誤的な内容になっていることはなく、むしろ現代人であっても共感できるエピソードが多く含まれていたと思う。 「講談社文芸文庫あたりで読めるようにならないかなー」というのが現在の願望である。

「戦前のベストセラー作品を読む」という読書会の方針がなければ、おそらく奥野他見男の作品に目を通すことはなかっただろう。貴重な機会を与えてくれた読書会に、改めて感謝したい。次回もぜひ参加したいと思います。

 

さえきさん、本ノ猪さん、感想をお寄せくださってありがとうございました。

おわりに

以上で、第3回読書会の報告を終わります。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

次回は、2月14日(日)、厨川白村『苦悶の象徴』を課題として、読書会開催予定です。

《第2回読書会報告》佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』昭和3年

11月15日 第2回読書会を開催しました。

課題図書:佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』

 

今回の扱った『ああ玉杯に花うけて』は、昭和2年から『少年倶楽部』という雑誌に連載された、少年向けの小説です。この作品の連載によって『少年倶楽部』は爆発的な売り上げ増加を見せたという、大人気作品であり、超目玉作品でした。

 

あらすじ

 舞台は浦和。主人公は青木千三(チビ公)という、幼くして父親を亡くしたことによる貧困によって中学進学を断念し、伯父の豆腐屋を手伝いながら生活する少年です。ことあるごとに彼に暴力をふるう阪井巌(生蕃)や、それを救う優等生柳光一など、浦和中学に通う元同級生たちとの間に繰り広げられる事件がえがかれます。千三は浦和で私塾を開いている黙々先生に師事し、黙々塾出身の一高生の存在に影響を受け、一度は諦めた学問の道に刻苦勉励し、立身出世の道を歩むのでした。

 

レジュメと話題となったポイント

読書会では以下のレジュメをもとに、話題となったポイントを箇条書きで紹介します。

 

 

 

drive.google.com

 

drive.google.com

 

主に議論した話題を箇条書きで紹介します。

 

・学歴エリート主義が色濃く、そのガス抜き効果として野球の場面がある

・ジャンプ漫画に見られる「友情・努力・勝利」の構造がある→だから面白い

・『少年倶楽部』編集者、加藤謙一の力が作品から感じられる

・大衆的な価値観を蔑視していること(特に映画蔑視)が気になる

 

少年倶楽部』に連載された作品であるだけに、現在の少年漫画に繋がるような、少年たちを引き付ける構造を持っていることが、参加者と意見を交わす中で明らかになってきたように思います。当時少年たちから人気であったのも納得です。

その一方で、当時大衆的に人気のあった映画を蔑視するような価値観もあることはやはり気になるポイントとして、最後まで話題となっていました。

 

参加者からのコメント

 

 最後に、参加してくださった本ノ猪さんからの感想コメントを紹介します。

 

 

・本ノ猪さん(Twitter@honnoinosisi555

 

前回の鶴見祐輔『母』の会に引き続き、参加させていただきました。

今回の課題図書・佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』は、まず何よりも読み物として面白く、加えて近代日本の学校風土や文化の一端に触れることもできる、大変面白い一冊でした。  恥ずかしながら、著者の佐藤紅緑のことは、名前を目にしたことがあるくらいでほとんど知らず、ましてやその著作については無知でした。そのため、今回の読書会は学びや発見が多くあり、刺激的でした。  物語の中に登場する野球の練習や試合のシーン。私はそれを、物語を盛り上げるための要素くらいにしか考えられていませんでした。しかし、主催者のかんさんのレジュメを通して、学業と対比できるものとしての「スポーツ」の観点から見ることによって、当時の「野球」像に意識を向けることができました。  物語の中で否定的に取り上げられている「映画」については、読書会の参加者の間で話が盛り上がったことが印象に残っています。当時はすでに映画雑誌が刊行されていることを考えても、映画に対する評価は生まれた環境や所属先によって、大分異なっていたことが分かり、大変面白かったです。

次回は、課題図書を奥野他見男『学士様なら娘をやろか』とし、読書会が開催されるようですが、ぜひ参加させていただければと思います。

 

 

本ノ猪さん、ありがとうございました。

 

感想で触れてくださいましたが、

次回読書会は奥野他見男『学士様なら娘をやろか』を課題図書として、読書会を開催予定です。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

《第1回読書会報告》鶴見祐輔『母』大日本雄弁講談社 昭和4年

過日、8月22日に第一回読書会を開催しました。

課題図書:鶴見祐輔『母』大日本雄弁講談社(昭和4年のベストセラー)

 

課題書の『母』は、社会学者の鶴見和子、思想家の鶴見俊輔の父で官僚・政治家として知られる鶴見祐輔が最初に出版した小説です。

 

あらすじ

主人公の朝子は熱海の貧しい家に生まれましたが、青年銀行家の澄男と出会い、恋愛の末結婚します。玉の輿に乗った朝子でしたが、澄男の銀行の破産と澄男の死に直面し、職業に就いて、三人の子どもを女手一つで懸命に育てていきます。

朝子は寮母や薬屋を経て、一時や山路という澄男と同級だった銀行家から条件の悪い借金をして危機に陥りますが、最終的に株式投資で成功をおさめます。息子の進を政治家にするために、立派な教育をうけさせることが、朝子の心の支えとなっていたのでした。

話題となったポイント

読書会では以下のレジュメをもとに、参加者が意見を交換しました。

鶴見祐輔『母』読書会レジュメ.pdf - Google ドライブ

 

今回は、私かん(Twitter:KAN @kan_ysd)がレジュメを作成しました。

レジュメでは、主に朝子の運命が、経済的なものだけでなく情緒的な浮沈も含めて戦争に象徴される国家の運命と重ねて描かれていることを指摘しましたが、議論はその他の点にも広がりました。

 

もっとも注目されたのは、朝子の女性としての在り方です。

一番興味を惹かれるのは、一般的にタイピストやバスガールなどが連想される「職業婦人」とはちがい、大戦景気の株成金となるという朝子の人物像は、当時どれだけリアリティがあったのかという点です。この点は、検証に使える手軽な資料がなかったために、疑問のままです。

華々しい成功譚である一方、朝子の基本的な人格は「母」であることに縛られていました。女性運動家である長谷川治子という登場人物もいるため、女性問題を意識しながら書かれつつも、良妻賢母規範を強く打ち出しているのがこの作品の最も大きな特徴でしょう。

 

他には、山路と澄男のキャラクター像の違いに注目し、学校を真面目に卒業した山路が卑屈な人物になっていることで、真面目に勉強することが軽視されているのではないかという意見もありました。この点は、教養主義や立身出世主義との関係からさらに考察していくこともできそうで、面白い論点でした。

同時代のベストセラーにはプロレタリア文学も多くあることから、女手一つで子育てをする朝子の苦労の一方で、周囲は資産家ばかりという設定に、プロレタリア文学との落差も議論されました。

 

以上、箇条書き的に議論されたポイントをあげました。

 

レジュメにも記載しましたが、今回は論文講読をきっかけに『母』を読むことになりました。『母』は現在の小説とは少し趣は異なるものの、参加者全員が各々面白く読んで読書会に参加できました。

そこで、この『母』読書会を第一回として「戦前ベストセラー読書会」という形で継続してこの時代の本を読んでいく予定です。

今後ともよろしくお願いいたします。 

 

参加者からのコメント

 

 最後に、参加してくださったKamikawaさんと本ノ猪さんからの感想を紹介します。

 

・Kamikawaさん(Twitter@Theopotamos

 1920年代はプロレタリア文学全盛の印象があったが、現在の認識と当時の認識に大きな違いがあることが勉強になった。大正時代は比較的に現在と時期的には近いが、見方が異なるという点を再認識。

 

・本ノ猪さん(Twitter@honnoinosisi555

 今回、戦前期のベストセラー鶴見祐輔『母』を読む機会を得られて、大変有意義でした。 『母』は、何度か戦後にも文庫化されているものの、残念ながら絶版になっており、中古市場にしかありません。参加者のほとんどは、かつて出版された単行本版(大日本雄弁会版)ーー丁寧に扱わないとバラバラになってしまいそうなーーを入手して、読書会にのぞんでいました。 鶴見祐輔『母』は、刊行された当時の世相を知ることができる史料として活用できるのはもちろんのこと、純粋に読み物として面白い作品でした。一人の女性の恋愛・結婚・出産・子育ての人生を、読者を飽きさせることなく描ききる鶴見祐輔の筆力には驚かされます。一方、一見すると自由闊達な女性像を描いたようにみせながら、結局は「母」というゴールが当然のように設定されているのには、時代的な限界も感じます。その点は、読書会主催者のかんさんに、どんどん指摘していってもらえれば嬉しいです。 戦前のベストセラーを読書会で読むという取り組みが、鶴見祐輔『母』の一冊だけで終わってしまうのは勿体ないーーそう考えていたので、かんさんがブログを開設したこと&今後も読書会を開催することが決まって、大変嬉しく思っています。ぜひ今後も参加させてください。

 

Kamikawaさん、本ノ猪さん、ありがとうございました。

 

以上、第一回読書会の報告とさせていただきます。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

戦前ベストセラー読書会について

 

「戦前ベストセラー読書会」は、その名の通り戦前に流行しベストセラーを記録したとされる書籍を課題図書として実際に読んで、参加者で感想や意見を交わしていこうという会です。

 

 戦前のベストセラーについては、今まで多くの本が出版されています。それらを読めば、戦前の時代にどのような本が多く読まれていたのかという概観をつかむことができます。

 昭和初期のベストセラーを見ていると、吉川英治鳴門秘帖』や大佛次郎赤穂浪士』など、今でも人気な作家や作品が実は多く存在していて、読んだことがある人もいるのではないでしょうか。

 しかし、現在に続く作品が生み出された時代である一方、時代が隔たり、当時売れていても今は書店に並んでいない本というのが多数あるのも事実です。たとえば、第一回で取り上げた鶴見祐輔『母』などは、参加者の全員が初めて手に取った小説でした。

 

 「戦前ベストセラー読書会」は、そんな「実は読んだことがない」というベストセラーを実際に読み、当時の人びとが一体どんな本を読んでいたのかを知り、同時代の人びとの関心や社会について考えてみようという会です。

 

 本読書会は、主催者であるわたくし「かん」が、Twitterを通して知り合った友人たちとともにはじめました。友人達と一緒にある論文を読んだ時に、その中にベストセラー作品が取り上げられていました。その作品を実際に読んでみよう、という試みが、この読書会のスタートです。

 今後、2~3ヶ月に一度の頻度で読書会を開催していく予定です。

 このブログでは、読書会で取り上げた本の紹介とともに、読書会の様子を報告できればと思っています。ブログを通じて、今では読まれなくなった戦前ベストセラーへ興味を持ってくれる人が一人でもいればと思います。

 どうぞよろしくお願いいたします。